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2019.10.15 区分 中学 高校

宗教講話 10月

聖句 コリントの信徒への手紙Ⅰ13章1~7節
 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

 「ストローク」という言葉があります。これは心理学的には、自他の存在や価値を認める働きかけとして使う言葉のことを指します。例えば、握手をする、肩をたたく、ハグをするなどの身体的ストロークや、褒める、励ます、傾聴するなどに見られる心理的ストロークがあります。また、ストロークを受ける人が心地よくなる肯定的ストロークと、気分を害するような否定的ストロークに分けられます。
 昨今、虐待のニュースを耳にする機会が多くなってきています。「しつけ」を理由にして虐待をする事例が後を絶ちません。しかし、これは相手の存在や価値を軽視する・無視することを意味する「ディスカウント」なのです。「ディスカウント」には仲間はずれ、いじめ、殺人などが含まれます。
 人と人との交わりでは、意見の違いからすれ違うこともあります。しかし、相手を信じているからこそ注意・忠告ができます。たとえ否定的ストロークであったとしても、そこには「あなたはできる」というメッセージが含まれています。その点で、否定的ストロークと「ディスカウント」は異なります。
 人間は誰もが自分の存在を認めてほしいという欲求を持っています。その欲求を満たすのが「ストローク」であり、それは愛の表現でもあるのです、というお話でした。
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