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2019.01.22 区分 中学 高校

宗教講話 1月

コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章12節~26節
 体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

 今日1月22日はシャミナード・デー(マリア会の創立者シャミナード神父の命日)です。シャミナード神父の89年の生涯は波乱に満ちたものでした。中でも、フランス革命で荒廃した社会の立て直しを図るために男女のマリア会を創設し、信仰・共同体・霊的存在の大切さを説きました。中でも重点を置いたのが、「多様性の一致」です。
 マリア会は司祭、修道士のグループから成っており、それぞれ教育に携わる者、その他の仕事に就く者という違いはありますが、皆が平等に権利を持っています。このことこそがシャミナード神父が説いた「多様性の一致」です。それは豊かさをあらわします。時としてその豊かさが「差」を生むこともありますが、それは優劣のあらわすものではなく、「違い」「区別」するものであります。
 現代社会では、異なるものを排斥しようとする風潮が強くなってきているように感じます。時には妥協することも必要ですが、正しいことを貫き通す信念の方が、より大切ではないでしょうか。
 人類の豊かさが示す多様性の上に社会が構成されていることを忘れずに、特に弱い立場の人々のことを大切にしながら生活していきましょう、というお話でした。
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