札幌光星のイメージ写真
札幌光星中学校・高等学校

お知らせ・新着情報

一般のお知らせ

2018.10.15 区分 中学 高校

宗教講話 10月

ルカによる福音書2唱41~52節

 さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、探しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。


 国民の祝日には、「子どもの日」「成人の日」「敬老の日」など、人生の節目を祝う日が設けられています。これらの祝日は、次の節目に向かうためのいわゆる「通過儀礼」として大切にしています。特に、幼児に関する儀礼は多くあります。満1歳のお祝いには、米一升分の餅をつき、一生食べ物に困らず円満に暮らせるようにと願いを込めてきました。こうして子どもは両親や家族、周囲の人々の愛の中で成長していきます。
 節目節目の間の時間を、学びの時間・成熟の時間とすることができますように、というお話でした。
このページの上へ